「笑美素会」「安城芸妓文化振興会」の愛称名です。

 安城の伝統芸能の一つに花街文化があります。

 歴史は明治13年明治用水の開削により、安城ヶ原は立派な水田が次々と誕生し、同時に明治24年東海道線安城駅の開設などが安城発展の基盤となりました。 併せて農林学校、郡農会、農事試験場、蚕業取締所などが設置され、当時から安城農業は「日本デンマーク」とも呼ばれ、一躍農業先進地となりました。そこで当地には大正初期から昭和にかけて全国各地から視察者が急増し、この接待役として花街も急速に発展をいたしました。

 しかし、第2次世界大戦で陰を潜めていた花街も芸妓と共に戦後直ちに復興し、昭和26年頃から企業の進出もあり、芸妓も逐次増加し、最盛期には100名近くに増えました。

ところが、平成に入り、バブル経済の崩壊と共に極めて厳しい経済環境を迎え花街も静まり、芸妓も減少の一途を辿り、一時は10数名になりました。これにはコンパニオンの出現もあり安城市のみならず、全国的な傾向で、因みに安城周辺都市では既に皆無の状態であります。

 安城芸妓寮組合及び安城料理業組合は英知を結集し、運営の近代化、組織の改善、サービスの向上、技能の修得等々、血の滲む努力を重ねてまいりました。今日芸妓も16名を何とか維持していると云う寂しい現状であり、安城の芸妓文化も風前の灯火であります。

 明治の代から燃え続けている安城の伝統ある芸妓文化を何とか維持保存出来ないものかと相談を重ね平成14年に「安城芸妓文化振興会」を設立することとなりました。

 安城の大切な観光資源として芸妓文化が育ち、そして安城の町を活気付ける大きな力となり、なくてはならない存在としてここに根付くことを一人一人、心から願っております このような会が立ち上がり『安城に文化あり!』と感じさせる笑美素会の心意気はそのまま芸妓さん達の励みになり、即ち安城の活力ともなるのです。